僕たちのチキンライス | 校長室(。ゝω・。)ゞ

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僕たちのチキンライス第6話
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    JUGEMテーマ:学問・学校


    6.幼稚園

     アキオは4歳の時、幼稚園に入園した。いわゆる二年保育ってヤツだ。

    幼稚園は3歳から入園を受け付けている。3歳コースは「年少」、4歳は「年中」、そして5歳の子達は「年長」組になる。アキオは4歳からだから年中組に入ることになった。

    今では少子化、少子化と子供の数が少なくなって、幼稚園や保育園はどんどん潰れていってしまったから、そんな数少ない園の定員をめぐって激しい争奪戦が起こっているらしい。「待機児童」という、入りたくても入れない子供もいるという話も聞いた。だから最近では早めに園を「キープ」しておくために、年少からの3年保育が主流だと言う。

    当時はまだ幼稚園も回りにたくさんあって、入れないってことはなかったから、団地の仲間はほとんど2年保育だった。もちろんアキオの仲間も何人かは既に3歳から幼稚園に通っていたけどね。

     春になって団地で毎日遊ぶメンバーが何人か減った。彼らは毎朝お母さんに手を引かれて「ようちえん」という秘密の場所に入っていった。何だか彼らが自分達を置いて急に大人になってしまったみたいで悔しかったのを覚えている。

    アキオたちは幼稚園と言う場所が気になって気になって仕方なかった。でも変なプライドが邪魔をして「幼稚園ってどう?楽しい?」なんて聞けないから、

    「ねぇ知ってる?幼稚園には『あすれちっく』っていう遊園地みたいなものがあるんだって。」

    「聞いた聞いた?幼稚園に行くと毎日お菓子がもらえるんだって。」

    「ねぇヒロシが言ってたけど、幼稚園は夏にプールにただでは入れるんだって。」

    そんな噂話に誰もが夢中になっていた。

    そしてついにアキオたちはそこを「偵察」することにした。

    朝、団地の集会場に集合したアキオたちは幼稚園に通うヒロシを待ち伏せし、後をつけた。ヒロシに気付かれないよう、ゴミ捨て場やベンチに身を隠しながら懸命にヒロシを追った。

    団地からそう遠くない場所にその秘密の場所はあった。門の前でヒロシはお母さんと別れると、知らない女の人、それはアキオ達のどのお母さんよりも若くて綺麗な人だった、その女の人に手を引かれて建物の中に入っていった。

     中からは同じ位の子供たちの笑い声が溢れていた。園庭を見回すと、そこには公園では見た事も無い遊具がたくさんあった。しばらくして建物から出てきた子供たちがその遊具をフルに使って、まるで遊園地に来たかのように楽しそうに遊んでいるのをアキオたちはフェンスの隙間からのぞいていた。

    「シゲキは来年幼稚園行くんだろ?」

    コウジくんが訊いた。

    「うん、うち金無いから3年は無理だっていうから、2年だったらいいよってお父さんが言ってた。コウジんちは?やっぱり2年?」

    「うん、うちもおんなじ。金無いから幼稚園なんて別に行かなくてもいいって父ちゃんは言うんだけど、みんなも行ってるし、行った方がいいよってばあちゃんが言ってくれて行けるようになったんだ。まじ焦ったよ。アキオはどうするの?」

    アキオは返事に困った。アキオのお父さんは「勉強なんて小学校に入ってからすればいいんだ」と言って、幼稚園に行く事に強く反対していた。お金が無いのもそうなんだけど、それ以上にアキオのお父さんは一度決めると絶対に引かない困った人だったんだ。

    「う、うん。多分来年から。うちもお父さんは行かなくてもいいんじゃないかって言ってるんだけど、コウジくんちみたいにおばあちゃんに頼んで言ってもらおうかな。」

    アキオはそれが実現しない事を重々知っていた。アキオのお父さんのお母さん、つまりおばあちゃんはアキオが小さい頃に既に亡くなっているし、お母さんの方のおばあちゃんは鹿児島の田舎で勉強なんかとは全然関係のない世界に暮らしているから、下手をすると「勉強なんて小学校にはいってからでいい」と、お父さんの意見を強めてしまう危険性もあった。

     それでもこの場はそう言うしかなかった。ヒロシたち何人かが仲間から抜けて幼稚園に行ったとき、アキオたちはとても寂しい気持ちになった。今度はほとんどの子が抜ける。残されたアキオは2年と言う長い時間をどうしていけばいいのか。考えただけで恐ろしくなった。

     
    | 僕たちのチキンライス | 14:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
    僕たちのチキンライス第5話
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      JUGEMテーマ:学問・学校

      5.自然

       最近では本屋に「自然と遊ぶ」なんてコーナーが出来るほど自然の中で遊ぶ事は特別な事になっているけれど、アキオが子供の頃は自然の中で遊ぶなんてメチャクチャ「自然」な事だった。

       それもそのはず、アキオが小学校3年生になるまでファミリーコンピューター、通称ファミコンは無かったし、小学校5年生になるまでアキオの家にはビデオと言うものが無かった。テレビは全部「生放送」。その一回を見逃したら永久にその番組は見れない。レンタルビデオなんて店は存在すらしていない頃だ。家にいてもすることがないから、自然と子供は外へ出て行くのだった。

       当時の子供たちはたくましかった。といっても、アキオのお父さんほどではないが。

      アキオのお父さんはよくアキオに言った。

      「俺が子供の頃は鶏を自分で絞めてサバいたもんだ。アキオはだらしないなぁ。」

      「俺が子供の頃は隣町まで何十キロも買い物に行ったもんだ。アキオはだらしないなぁ。」

      「俺が子供の頃は近所のバイクをかっぱらって乗り回してたから、バイクの運転なんて免許が無くても平気だったのに。アキオはだらしないなぁ。」

      「俺が子供の頃は近くの畑でスイカをかっぱらっておやつにしてたんだ。アキオはお小遣いもらわないとおやつも手に入れられないなんて、だらしないなぁ。」

      だらしない、と言われてもどうしようもない理不尽な理由でアキオはだらしなかった。

       それでもアキオにはアキオの冒険があった。今の子達は絶対しないような遊びに夢中になっていた。だから、お父さんが今のアキオを「だらしない」と言うように、きっとアキオだって自分の子どもには同じ事を言うのだろう。

      「俺が子供の頃は・・・・・・」

       当時の子供たちは、アキオのお父さんたちの時代にはかなわないけど、それなりに自然の中で遊びを作っていった。例の「花集め」もその一つだ。

       アキオの住む町では「市の花」がツツジだった。大体ツツジなんてその町限定でもなんでもないのに、「市の花」ってなんだよ、独占すんなよ、とかとか思ってしまうんだけど、市の花というだけあって、市の施設である公団にはありったけのツツジが植えられていた。

       そんなツツジの赤い花を子供たちは取りまくった。花の根元にある緑の「がく」と言う部分をつまんで花びらだけを引っこ抜くと、中にある「おしべ」や「めしべ」をササっと抜き捨て、その根元の部分にかぶりつく。するとほんのわずかな甘みがツバと混ざって美味しいんだ。1個や2個じゃ足りないから、子供たちは10個も20個も花の蜜を求めて花をむしりまくった。限りなくあったツツジも夏になるまでにはみんな花が無くなって、一体何の花だか分からない状態になっていた。

       だからオサムのように花を「強奪」する子もいたり、すぐに蜜を吸わずに何個もビニール袋に入れて「キープ」してる子がいたり、ツツジの争奪戦はすさまじかった。

       ライバルは子供達だけじゃない。時々、花びらを「処理」して口にくわえても全く味がしない事があった。それは既にチョウによって蜜を吸われた後の「はずれ」だった。

       そんなチョウにとっても子供にとっても激しい生存競争が団地の中では繰り広げられていたんだ。

       子供達は何でも食べた。まだ「飽食」(食べ物がありふれていること)の時代なんかとは程遠い昔の事だ。お腹を減らした子供達は、木に登ってミカンをとって食べたり、「首吊り山」と呼ばれる裏山を探検してはアケビやざくろをもいで食べていた。

      冬になればベランダに積もった雪をお椀に入れて夏に残しておいたカキ氷シロップをかけて食べたし、春になれば桜が散った後に実る桜の実を食べたりもした。(桜の実はあまり美味しくない) 

       今となっては花にだって農薬をまいたりしているから、同じ事をやってみろなんてとてもじゃないが言えない。

       でも、実はそんな遊びを教えたのはどの家でも実は「親」だった。アキオは日曜日になると近くの山へお父さんと出かけてワラビだのたけのこだのといった山菜を採りにいった。山に入ってアケビやざくろが食べられる植物だと教えてくれたのも、実はお父さんからだった。

       夏には千葉の砂浜で潮干狩りをしたし、魚釣りをして釣った魚をフライにして食べたりもした。お父さんはアキオが始めて釣った魚を目の前で刺身にさばいてくれたんだけど、アキオはなんだかそれがかわいそうでしばらく刺身が嫌いになった。

       きっと当時はどの子の家も似たような暮らしをしていた。彼らにとって物は「買うもの」だけじゃなく、「手に入れるもの」でもあった。

       時代が進歩すると共に「手に入れるもの」は減っていき、「買うもの」が増えていく。アキオのお父さんにとって「手に入れるもの」だった鶏肉やスイカは、アキオにとっては「買うもの」だったし、アキオが手に入れてきた花の蜜やアケビはきっと今の子ども達には「買うもの」なんだろう。

       どっちが自然の姿なのかは分からない。今の見方からすればアキオのしてきたことはメチャクチャ不自然だし、ましてやお父さんのしてきたことなんか野蛮人の狂気にしか思えない(笑)

       ただ一つだけ言えるのは、アキオもお父さんも「自然と遊ぶ」なんてコーナーを本屋で見つけても、きっと見向きもしなかっただろうということ。それだけははっきりしているんだ。

       

       
      | 僕たちのチキンライス | 14:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
      僕たちのチキンライス第4話
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        JUGEMテーマ:学問・学校


        4.大事な仕事

         小学校に入る前の子供(未就学児童という)なんて、好きなだけ遊べて羨ましい事この上ない、というのが大半の感想だろう。でも、その当時の子供たちは彼らなりに毎日「忙し」かった。

         お母さんは朝からお父さんの支度に追われている。背広(今はスーツという)をきちんと着させて、朝ごはんの用意をし、財布やら定期券やら忘れ物がないかをチェックして。まるでお父さんは子供のようだけど、そんなこと言ったら逆に叱られてしまう。

        「お父さんは大事な仕事をしていて忙しいから、そういう細かい事はお母さんがやるんだ」

         大人は大事な仕事で忙しい。お母さんはお母さんで「お父さんの世話をする」という大事な仕事で忙しい。アキオはというと、、、やっぱり忙しかったんだ。

         お母さんがお父さんの世話を一通り終えると、今度はアキオと妹のタエコの番だ。

        「ほら、起きなさい!お父さんに行ってらっしゃいするよ!」

        アキオ達の大事な仕事はお父さんを見送る事から始まる。狭い玄関に3人並んで、大事な仕事へと向かう父を見送る。眠い目をこすりながら、言葉にならない言葉で行ってらっしゃいを言う。

        この「仕事」は斉藤家にとっては絶対だった。どんな理由があってもお父さんはこの仕事をサボる事を許さなかった。だから前日にアニメの映画があったりすると大変だ。朝、遠い向こうからお母さんの怒鳴り声は聞こえるのに、体が言うことを利かない。しまいにはお父さんがやってきてほっぺたをひっぱたかれて現実の世界に無理矢理引き戻される。

        泣きながら玄関で「いっでらっじゃい」をするとお父さんもブスっとした顔で例の狭い階段を下りていく。お父さんがいった後はお母さんのお説教が始まる。

        「アキオ、アンタ昨日約束したよね。テレビを最後まで見る代わりに朝はちゃんと行ってらっしゃいをするって。アンタがちゃんと行ってらっしゃいしないとお父さんもイライラして事故にあったりするんだよ。家族はちゃんと朝、おはよう、行ってらっしゃいって挨拶するんだよ。そうやってみんな大事な仕事に向かうんだよ。何度も言ってるでしょ!もうそんなんばっかりだとテレビも見せないからね。わかったの!返事は!」

        まくし立てる母の言う事は4歳のアキオにはよくわからない言葉ばっかりだったけど、お母さんが怒っているということだけは分かったから大人しく「はい。ごめんなさい」と必ず返事をした。それがアキオにとって唯一の助かる道だったから。

        そんな大変さはあったけど、お父さんが会社に行った後には大きな楽しみが待っていた。 

        それは、テレビの解禁。

        アキオの家にはテレビが一台あった。アキオの生まれる数十年位前にはテレビは「三種の神器」なんて呼ばれて、家にあるだけで近所中の人が珍しがって見に来るくらいの宝物だったらしいけど、アキオが生まれた頃にはもうテレビがあるのは普通のことだった。でも、まだテレビが一人に一台なんていう家は滅多にないほど、テレビは大事な道具だった。

        アキオの家にあったテレビにはリモコンなんていう現代科学の大発明は装備されておらず、テレビについている小さいつまみを回して音を大きくしたり、チャンネルを変えたりしていた。冬なんかコタツに入ってやっと暖まってきた頃に、

        「おい、アキオ。8番にしてくれ。父さんが野球をみるぞ。」

        なんて言われると、見たい番組が見れないやら、また体が冷えてしまうやらで、アキオにとってはダブルのショックだった。

         だから、お父さんを送り出す、という大事な仕事を終えたアキオとタエコには「テレビタイム」という待望の時間が待っていたのだった。

         8時からは「ひらけ!ポンキッキ」、8時半からはNHKで「おかあさんといっしょ」。9時過ぎにNHKが理科とか社会とかのムズカシイ教育番組を始めるまで,アキオはのんびりご飯を食べながらテレビを見るのだった。

         同じように団地の仲間たちも、9時過ぎまでそれぞれの家でだらだらテレビを見ながら、朝の時間を過ごすのだった。そしてそれが終わるころにようやく子供たちは「出勤」となった。

        9時半を回る頃には玄関の方から

        「タンタンタンタタタタ」

        という階段を駆け上がる音が聞こえる。そして

        「ピンポン」

        アキオの家のチャイムが鳴ると、

        「アーキーオーくん!遊ばない?」

        と誰かしらが訪ねてくるのだった。

         そして外に出ると、例のツツジ狩りをしては花の蜜を吸ったり、木登りをしてトムソーヤ気分になったり、おもちゃの車にまたがってカーレースをしたり、子供にとっての大事な「仕事」に忙しかった。

         お昼ごはんをそれぞれの家に戻って済ませ、午後も日が暮れるまで団地中を駆け回る。団地の中はちょっとしたテーマパークだった。公園も1つや2つでなくいくつも各エリアにあったし、昼間に外で遊んでいるのはアキオくらいの子供か、もっと小さい赤ちゃんだけ。天敵のオサムもこの時間は小学校だから絶対いない。

         そうやってアキオは団地の中で成長していった。毎日少しずつ遠い所まで足を延ばして、「ここにはヒミツの洞窟がある」「あそこにはナゾの海賊が住んでいる」そんな大発見を重ねながら、ちょっとずつオトナになっていった。

         体がクタクタになって晩御飯を食べたらそのまま寝てしまうくらい、毎日子供たちは遊びと言う仕事をして、オトナの仲間入りをしているのだった。




        | 僕たちのチキンライス | 09:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
        僕たちのチキンライス第3話
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          JUGEMテーマ:学問・学校

           アキオにはたくさん幼馴染がいる。それもそのはず、団地と言う大きな屋根の下には訳2000世帯もの人々が暮らしている。2000人じゃないよ。2000世帯だ。つまり2000個の家族が一つの地域に暮らしているということ。そりゃあ幼馴染もたくさんいるだろう。

           そんな地域で暮らす子ども達は自然と年の近い子供同士で集まってグループを作る。今で言う「コミュニティ」ってヤツだ。

           アキオは3歳の頃からこの団地で暮らしていたから、色んな子と遊んだ。でも一人だけ絶対に忘れないヤツがいる。オサムだ。

           まだ幼稚園に行っていた頃だと思う。ある日アキオが友達のコウジくんとツツジの花を集めて、蜜を飲んで遊んでいた。(当時はまだこんな遊びが出来るほど自然が豊富にあった)

          すると、オサムが子分達を引き連れてやってきた。オサムはこの団地内で3,4歳児が最も恐れる小学生だ。

          子供の世界では、幼稚園とか小学校とかに通い始めると、大抵は同じ位の年齢の子と遊ぶ。でも、たまにかなり年上の子が年下の子を引き連れているなんて事があった。一昔前なら「ガキ大将」とか呼ばれる子が大勢の子分を従えている、なんて事があったらしい。でもアキオ達が生まれたのは昭和も終わりの時代。理不尽な権力にはノーといえる時代になっていた。

          オサムはアキオやコウジくんを見つけると、

          「よくやった。俺のために花を集めてくれたんだよな。よこせよ。」

          と二人に迫った。

          「やだよ!これは僕のだ!ね、アキオくん?」

          必死に抵抗するコウジくんに、アキオはひざをガクガクさせながらひたすらうなづいていた。

          「じゃあ、あそこまでかけっこで競争だ。負けたら花はもらうからな。」

          子供の世界ではこんな理不尽な契約が交わされるのは日常茶飯事だ。もう「戦前」ではないからいきなりコブシで殴られる事はなかったけど、絶対勝てっこない勝負を突きつけて「合法的に」要求を呑ませるってやり方は当時のガキ大将の常套手段だった。

          「どうするアキオくん?」

          コウジくんは困っていた。理不尽な要求だと知りながら、それを拒めないのは男のプライドだった。ここで勝負を断れば「弱虫」のレッテルを貼られてしまう。アキオはまだ震えている足を押さえて言った。

          「・・・やる。」

           団地の集会場から一本杉まで約30メートル。勝ち目のないレースが始まった。アキオとオサムが集会場前に並ぶ。一本杉にはコウジくんとオサムの子分たちがそれぞれに声援を送っている。

           スターター役の子分が手を上げる。

          「ようい、ドン!」

          子分の手が下ろされると同時に二人は飛び出した。アキオは無我夢中で一本杉を目指した。まだ発達途上の腕や足がフル回転してアキオの体を前に出そうとしている。

           あれ?おかしい。

          アキオは異変に気付いた。10メートルを過ぎて周りの景色が見えると、当然前を走っているはずのオサムの姿は無かった。

          「なかなかやるな、おまえ。」

          アキオの耳元で声がした。オサムはわざと遅れてアキオのペースに合わせて走っていた。

          「じゃあ本気出そうかなっと。」

          そう言うとオサムは今までとはかけ離れたスピードでアキオを抜いていった。オサムの背中がみるみる小さくなっていく。たった3、4歳の年齢差が、子供とオリンピック選手くらい離れた実力差を生み出していた。

           絶対勝てない。アキオがそう思った、その時だった。信じられないことが起こった。

           オサムが転んだ。

          ゴール手前数メートルの所でオサムが転んで倒れている。これはさすがのオサムも演技ではないだろう。

          チャンスだ。負けを確信し、諦めかけていたアキオに希望の光が差し込んだ。アキオは残る力を振り絞ってゴールを目指した。小さくなったオサムが、今度は少しずつ大きくなっていく。残り10メートル、5メートル。ついにアキオは起き上がろうとするオサムの横を駆け抜けた。そしてそのまま一本杉にタッチ、アキオの勝ちだ。

          「アキオくん!やったね!」

          まさかの勝利にコウジくんも息を弾ませている。オサムの子分たちは目の前で起こったことが信じられない様子でオサムの傍に駆け寄った。

           するとオサムが差し伸べる手を払いのけてアキオの所へやってきた。

          アキオはドラマでよく見る情景を思いだしていた。本気の勝負が済んだ二人は握手をしてお互いを称え合う。だからきっとオサムは「おまえすげえな」って言うんだ、そう信じて疑わなかった。

          「おまえ・・・」

          オサムが言った。

          「さっきズルしたから今のは無しだ。もう一回やり直しだ。」

          アキオは耳を疑った。

          「僕が何をずるしたんだよ。ずるいよそんなの。」

          「おまえスタートしたとき俺の前に出て、俺のコースを邪魔しただろ。これは反則なんだぞ。ま、小学校に行ったらわかるけどな。」

          アキオもコウジくんも何も言えなかった。元々理不尽な契約は、二人に与えた奇跡までも理不尽な論理で奪い取っていった。

          「じゃあタスウケツで決めよう。こいつがズルしたと思う人?」

          オサムの子分たちが一斉に手を上げる。

          「決まりだな。今のはお前のズルで無効だ。さぁもう一回やろうぜ」

          最後の力を振り絞ったアキオにもう一度立ち上がる力は残ってない。アキオは負けを認め、大人しくコウジくんと一日かけて集めた大量のツツジの花をオサムに差し出した。

          「ありがとな。またよろしく。」

          笑いながら去っていくオサム達を見ると、アキオの目には涙がたまっていった。

           
          | 僕たちのチキンライス | 04:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
          僕たちのチキンライスその2
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            JUGEMテーマ:学問・学校
             
            第2話.どうでもよくないどうでもいいこと

            幼い頃の記憶なんてそう覚えていないのが普通だと思う。でも、どこかの偉い先生が言ってたけど、記憶って言うのは、その印象が強ければ強いほどはっきりと覚えているものなんだって。

            アキオの5歳の頃の記憶はまさにそうだった。

            それは幼稚園のお泊りイベントの日のこと。人生初の「お泊り」は5歳児にとって興奮以外のナニモノでもなく、パジャマ姿に着替えた園児達は、歌い、踊り、じゃれ合い、あっちでは意味もなく笑い、こっちでは調子に乗りすぎてケンカを起こし、そっちではないている子がいるという、文字通り「パラダイス」だった。(先生にとっては地獄だったんだろうけど)

            そんな時だった。

            「アキオくん、ちょっといらっしゃい」

            うめ組の担任タカヨ先生に呼ばれたアキオは、腰ふりダンスでテンションMAX状態だったのを中断され、渋々タカヨ先生の下へ向かった。

            「なぁに先生?オレ今イイトコなんだけど」

            不機嫌をあらわにするアキオに、タカヨ先生はいつもどおりの優しい笑顔で言った。

            「あのね、アキオくんのパジャマさぁ、うらっかえしになってるよ。それじゃあせっかくのダンスも台無しだゾ★ ちょっと、はき直そっか♪」

            アキオは思わず下を向いた。ズボンには生地を縫い合わせた縫い目がはっきりと見えていた。先生の言うとおり。アキオはズボンを反対にはいていた。

             今から思えばそんなこと「どうでもいい」事だった。でも、そんな「どうでもいい」をちゃんとするのが幼稚園って所だ。

            「ほら、早く。ピアノのかげで着替えちゃいな。」

            先生に押され、アキオはコソコソとピアノのかげに隠れ、ズボンを下ろした。今日のためにお母さんがおろしてくれた、お尻にナントカレンジャーのプリントがある真っ白なブリーフが現れた。

            (早くはきかえてダンスに戻らなきゃ。)

            光の速さでズボンを裏返すと、またすぐはき直すため、左右の足を入れた。そしてナントカレンジャーのいるお尻のところまで引き上げようと前かがみになった、まさにその時だった。

            「やだぁ、アキオくんお尻出してる〜♪エッチィ!」

            教室の真ん中で腰ふりダンスをしていたサトシが叫んだ。思い思いにはしゃいでいたクラスメイト達の視線がアキオの真っ白なブリーフに注がれる。

            「エッチィ!エッチィ!エッチィ・・・・」

            サトシの声が何度も頭にこだました。すると思い思いにはしゃいでいたみんなは新しい獲物を見つけ、ピアノの周りに駆け出してきた。

            アキオは顔を真っ赤にしながら慌ててズボンを引き上げた。でも、この時のアキオはやっと一人でオキガエが出来るようになった位の年頃だ、慌ててズボンをはくなんて至難の技。アキオは自分の足でズボンのすそを踏んでいる事も忘れて、思いっきりズボンを引っ張ったもんだから、そのまま前のめりになって倒れてしまった。

            あと少しですっぽり覆われる予定だったナントカレンジャー入りの白いブリーフは「こんばんはみなさん!楽しんでますか?僕がナントカレンジャーです!ヨロシク!」と言わんばかりに、輝きを放ち、みんなの視線を集めていた。

            アキオのパラダイスは終わった。

            せっかくのパラダイスイベントも、この事件のせいでアキオにとっては地獄の始まりになってしまった。

            アキオはこの日からしばらく、「エッチ」と呼ばれた。

            子どもって「うんこ」とか「ちんこ」とか、ほんとくだらない事で一日が幸せになれる生き物なんだ。大人だったら絶対笑わないようなどうでもいい話が、まるで今年の流行語大賞のように広まっていく。アキオは知らないクラスのヤツにまで、

            「おまえ、エッチだろ?」

            と言われた。
             アキオに「アキオ」という名前が戻ってきたのは夏を過ぎ、秋を越えて冬休みも越えた新学期の事だった。

             思えば幼稚園の頃って、くだらない事が一生を左右する位の大事件になっていた。

             「がびょう」を上手く言えず「がびお」と言ってたヨウスケのあだ名は「ガビオ」だった。

            幼稚園のトイレでウンチは男子の世界では御法度だったが、どうしてもガマンできずにこっそり用を足していたあのサトシは、やっぱり他の園児に見つかり「ウンコマン」を襲名した。

            ほんと忘れてもいい、どうでもいいことなんだけど、アキオにとっては生涯忘れられない、どうでもよくない記憶になってしまった。

            卒園後、学校が違ったために会う事がなかったガビオやウンコマンは今頃どうしているだろう。結婚して子どもがいるかもしれない。

             もし万一再会しても、もうガビオとは呼べない。だってもうアキオはれっきとした大人だから。でも思うんだ。きっと彼らも同じように、どうでもいいけどどうでもよくない記憶を抱えているんだって。そして彼らの子ども達もまた「2代目ウンコマン」や「2代目エッチ」を襲名していくんだろう。どうでもいいことだけどね。




             

            | 僕たちのチキンライス | 05:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
            僕たちのチキンライスその1
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              第1話 物心


               よく「物心が付いた時には・・・」なんて言い方をするけど、アキオが物心付いたのは3歳か4歳の頃だった。

              まるで迷路のように立ち並ぶ巨大な建造物、その一角に彼の家はあった。蜂の巣みたいに並んだ住宅郡を進み、蟻の巣みたいに枝分かれした階段を昇る。ところどころヒビ割れたコンクリートの壁、点いたり消えたりを繰り返す電灯、エレベーターなんて「高級な」設備はもちろんない(泣)オートロック?何それ(笑)ギリギリ上る人と下りる人がすれ違える絶妙な幅で設計された階段を昇ると、表札に「31844401斉藤昭典」と書かれている表札が見える。ここがアキオの育った「団地」という所だった。

              1960年代から70年代、日本は戦後の貧しさを抜け、「高度経済成長」という希望に満ち溢れる時期を迎えた。え?難しくてよくわかんない?「こうど、けいざいせいちょう」だよ。分かる?要するに、戦争がなくなってみんなが仕事だけに集中できるようになったから、それと共に給料も増えて、人々の生活が豊かになっていったんだ。

              各地に工場が出来、仕事を求めて何千人という労働者が集まった。それはそれはめっちゃたくさんの人数だったから、工場側は慌てて労働者の「家」を作る必要があった。そこで作られたのが「工業団地」ってヤツだ。一つ一つの建物には○○号棟と言う番号がふられ、文字通り「迷子」にならないように気を配られた(笑)職場までは徒歩数分、まさに工場を城と見立てた「城下町」の形成だ。

              どんどん豊かになっていく日本、仕事が増えるんだから労働者もどんどん増える。東京を囲む千葉、埼玉、神奈川は家賃が東京ほど高くなかったからどんどん人口は増えていった。確かこういうのを「ベッドタウン」と言うんだって小学校の先生が言ってたっけ。

              人口が増えていくんだから「家」はだんだん足りなくなってくる。そこで生まれたのが、市や町が作る団地、「公団」だ。ここに住む人は別に同じ仕事をしているわけじゃない。アキオのお父さんは文房具を扱う会社に勤めていたし、お隣の「シラギさん」はおもちゃ会社に勤めていた。東京に働きに出て、夜寝るために帰ってくる場所、まさに「ベッド(寝るための)タウン(町)」だ。

              団地は「どれだけ費用をかけずに多くの人に家を提供するか」が一番のポイントだったから、マンションとは違ってつくりは質素なものだった。何度も言うけど、ヒビ割れたコンクリートの壁、点いたり消えたりを繰り返す電灯、エレベーターなんて「高級な」設備はもちろんない(泣)オートロック?何それ状態(大泣)

              アキオが小学校の頃新しく出来た「ラフィーユ」ッテ言うシャレたマンションは「A棟」「B棟」と分けられ、それぞれに「プルミエ」「グランデ」というかっちょいい名前までついていた。アキオの団地は「よんじゅうよんごうとう」、味も素っ気もない「44号棟」だった。(笑)

              団地には5階建てが多い。後で聞いた話だけど、「6階以上の住宅を建てるときはエレベーターを設置しなければいけない」って法律があるらしい。うむむ、それでか。アキオの家は4階、お父さんもお母さんもハァハァ言いながら階段を上ってたのを覚えてる。でもアキオの上の階に住む沼田のバアサンはもっとヒィヒィ言いながら毎日階段を上ってたよ。アキオの暮らす団地の約2000人の住民は毎日毎日ヒィヒィハァハァ言って階段を上ってたはずだ(泣)
               裕福なわけじゃないけどつまらないわけじゃない。お金をかけない分だけ手間隙かける。そんな人間くさい場所が団地だった。

               とまぁ、そんな団地ってところからアキオの「物心」は始まる。

              (≧∀≦)ノ

              | 僕たちのチキンライス | 12:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
              小説を書く!
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                今年度なかよし学園の教科書を作っていくに当たり、国語の教材をつくらニャイカン、ということになった。でも、国語って著作権とか色々あってどうやって教科書をつくろうか悩んでた。

                そんな時生徒がヒントをくれた。

                俺の生徒に、将来江戸川乱歩賞を取る(予定の)子がいるんだけど、その子が最近本格的に「執筆活動」ってヤツを始めた。

                あ、自分で書けばいいんだ(笑)


                ということでいずれここから問題を作るべく、俺も小説を書き始めたのであります。(。ゝω・)ノ゛


                まぁ肩肘張らず読んでみてちょ。
                (≧∀≦)ノ

                | 僕たちのチキンライス | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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