歴史 | 校長室(。ゝω・。)ゞ

校長室(。ゝω・。)ゞ

校長が好調な時に日々の思いをつづります。
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勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.97
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    JUGEMテーマ:学問・学校

    藤原氏の栄華が、DNAの断絶によって途絶えた( ̄ロ ̄;)
    藤原頼通に皇太子の孫が生まれなかった(外祖父になれなかった)ことで、藤原氏の摂関政治は終わりを迎えた。

    そしてついに、藤原氏との親戚関係を持たない天皇が登場する。
    後三条天皇ヾ(≧∇≦*)ゝ



    「え?フヂワラさん?i don't knowでごじゃるわ。私がこの乱れきった貴族の世の中を変えていきますぞ。御覚悟!」
    (本当は幼少時代から藤原氏とはライバル関係として熱くバトッてきた後三条天皇。「今こそ俺が!」の気持ち満々だったと思われる)



    全国の貴族が震え上がったその政治は、、、(;゚д゚)

    1069年延久の荘園整理令
    貴族の私有地、荘園が全国にできまくっていて、正規の口分田なんてもうほとんどない(泣)ってことは税が取れない!
    そんな状況を打破する為に、管理者や権利関係が不明な荘園を徹底的に、、、没収!!( ̄ロ ̄lll)

    「記録荘園券契所」なんていう、大掛かりな組織を作って、本気で取り締まった。

    まぁ全国に持ち主不明の家がたくさんあって、
    「すいません、固定資産税払ってくださーい」
    って取り立てに来たら、
    「あ、この家、私のじゃなくてフヂワラさんのなんで、、、何なら言っときましょうか?フヂワラさんに(#`Д´)ノ」
    って中々取り立てが出来ない状況だったと考えれば分かるよね。

    それ以上に強い権力を持つ貴族達の荘園には
    ・不輸の権(税金を免除される)
    ・不入の権(国司の立ち入りを禁止できる)
    があって、かなり不透明な経営が行われていた。

    そこに手をつければ、、、藤原氏によって闇に葬られる(;゚д゚)
    そんな時代にメスを入れたのがこの後三条天皇だったんだ!

    後三条天皇は、平安京を造った桓武天皇を尊敬していたと言われ、東北征伐を行って朝廷の勢力範囲を青森まで広げた!
    (その立役者となったのが源氏、源義家。この話はまたの機会に)

    こうして一気に藤原氏の世の中から、天皇中心の世の中に時代は変化していく。

    でも、今までの歴史を見てみると、一人すごい天皇が政治をしても、次が続かないと途端に権力争いが勃発して、ドロドロになってしまう(泣)どうすれば天皇の勢力を保てるか、、、?

    次の白河天皇がその答えを見つけた!
    それは、、、、


    つづく!ヾ(≧∇≦*)ゝ
    | 歴史 | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
    勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.96
    0
      JUGEMテーマ:学問・学校


      末法思想の影響は庶民だけではなく、貴族にもやってきた。

      この世をば、我が世とぞ思ふ、望月の、欠けたることもなしと思へば♬

      なんて歌ってた藤原道長、でもその息子の藤原頼通の時代になると、町は末法思想で大騒ぎ(゚д゚lll)

      まぁワタシのようなプリンスには関係ございませんわな、、、あっはっは("⌒∇⌒")

      なんて言っていたけど、その末法は藤原頼通の所にもちゃあんとやってきた( ゚_ゝ゚)ノ

      頼通には皇室から来た奥さん、隆姫女王がいたんだけど、なかなか子どもに恵まれなかった。

      「アナタが悪い訳ではありません。きっと末法のなせる業にございましょう、、、。」
      と奥さんをかばう頼通。
      でも、娘を天皇に嫁がせないと、藤原摂関政治は終わってしまう。

      そこで養女をとる事に("⌒∇⌒")
      養女を天皇に嫁がせてみた、、、でも(;゚д゚)
      皇子は生まれなかった。

      「むむむ。仕方ありません。これも末法ですから、、、」

      父、道長はそんな頼通に
      「こら!お前も早く皇子の外祖父になれ!他の娘を紹介するから女の子を生ませて天皇に嫁がせよ!」

      「お父様、ワタシは妻を愛しています!他の女子など、、、
      いりませんっ!!!!!(。-`ω´-)」

      「な、何をぬかすかぁ!藤原家の未来はそなたにかかっておるのだぞ!ええい、勝手にせい!!」

      ってなわけで一度頼通は、父道長に一度勘当されているのだ(泣)

      そんな道長にも寿命が訪れる。
      1027年藤原道長死去。
      道長の死後、さすがにヤバいと思ったのか、頼通は一人の妻を迎える。そして子どもをバンバン生むヾ(≧∇≦*)ゝ

      でも娘は一人しか生まれず、、、(;゚д゚)
      その娘が嫁いだ天皇との間には、、、、皇子は生まれず(泣)

      「すべては末法の、、、ええい!もう嫌じゃ嫌じゃ!!
      愛する妻を傷つけてまで、お家のためにやってきたというのに、、、ワタシも阿弥陀如来様に念仏を唱える事にします!」

      父、道長の強力な外祖父政策によって、当時の天皇はほとんど藤原家の親戚。頼通の時代までは摂関政治は全盛期を迎えていた。
      でも、頼通には皇子がなく、藤原家と関係の無い天皇が即位するのは時間の問題だった、、、( ̄ロ ̄lll)

      1052年宇治平等院鳳凰堂建築



      そして、頼通は京都の南、宇治に平等院を築き、そこで祈りを捧げる事で晩年を過ごした。

      藤原頼通、享年83。
      めちゃくちゃワンマンな父を持ち、プリンスとして行きた幼少時代。妻を一筋で愛する純粋な心の持ち主だった頼通も、「現実」と向き合い、世の中の嫌なものを飲み込みながら、必死で生き抜いた人生だった。

      そんな頼通が祈りを捧げて来た鳳凰堂の阿弥陀如来は今も神々しい光を放ちながら宇治の地で世の中を見守っている。
      | 歴史 | 14:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
      勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.95
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        JUGEMテーマ:学問・学校



        紀元前後に誕生した人々の中で、自ら「この世の中とは」「人とは」を問い、そのあるべく姿を導く「悟り」を開いて、他の人達に説いて回った人がいる。

        キリスト、マホメット、釈迦、、、

        彼らの教えは「宗教」として後の世まで広く伝わった。

        でも、、、

        どんなに偉い教えでも、月日が経つと廃れて、乱れてくる。

        そう予言したのが釈迦だった。


        仏教の世界では、釈迦が仏教を説いてから1000年の間を「正法」(教えが生きている期間)、次の1000年の間を「像法」(教えが形だけになってしまう期間)、そしてそれ以降の10000年を「末法」(仏の教えが届かない闇の世界)とした。

        日本では「末法」は1052年からと言われ、人々はその日が来るのを恐れた。

        「おい、聞いたか?もうすぐ仏様も救いようのない世の中がやってくるってよ」

        「ほんまか?わしらはどうすりゃいいんじゃ?」

        「まぁそう言う噂があるってくらいじゃ。本当にそんな日が来るわけないじゃろ、、、。」

        って言ってたら、、、( ̄ロ ̄;)

        1051年前九年の役

        末法の前年、東北地方を中心に武士の勢力争いが拡大し、大きな戦が勃発。村々は焼き払われ、まさに地獄の様子が人々に伝えられた。

        「なんまいだーなんまいだー、みんな仏の心を忘れて鬼になっちまっただ。天台宗の坊さん達は武器を持って「僧兵」になったと聞く。こりゃあ世の中おしまいだぁ。お救いくだせぇ。お救いくだせぇ。」


        そんな中、この末法思想ブームで思わぬ大ヒットをかます書が現れる。
        源信(942年-1017年)が書いた「往生要集」は極楽や地獄を紹介し、この世でどうやったら極楽に行けて、どうやったら地獄へ堕ちるかを説明したモノだった。

        慶滋保胤(931年頃 - 1002年)が書いた「日本往生極楽記」はもっとすごいヾ(≧∇≦*)ゝ
        浄土教の信仰によって極楽浄土への往生を遂げた人達の伝記を集めたんだ。(極楽にどうやっていったかの判断は、、、?)

        こんなちょっと昔の書物が「往生伝」としてバカ売れ!!

        みんな「この世はもうおしまいだから、せめてあの世では極楽浄土に!」って気持ちになったんだろうね。

        まだまだ仏教は貴族のもので、民間人はあまり仏教になじみがなかったこの平安時代。
        それでも民間に仏の教えを説く人物はいたんだ。


        空也と呼ばれる僧がその一人。
        空也は「市の聖」と呼ばれ、橋を架けたり、道を造ったり、社会事業を行いながら念仏を説いて回った。
        空也の口から出る「南無阿弥陀仏」の言葉は仏となって人々の心を打つ!と言う様子は空也をデザインした像によく現れている。



        そんな空也は庶民にもわかりやすく、南無阿弥陀仏と踊りをミックスさせて「誰でも出来るぜ!」と説いた為、庶民の間で大人気となった。これが浄土教だ。

        「この世はダメでもあの世があるぜ!仏の教えに従えば、俺もお前も極楽おうじょー♫ イエイイエイ!」

        そんな末法思想と浄土教が平安京の街を包む。
        そんな1050年代だった。

        あれ?藤原氏はどうなったの?
        続きは次回!
        | 歴史 | 15:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
        勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.94
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          JUGEMテーマ:学問・学校


          平将門と時を同じくして武士として朝廷に抵抗した人物がいた。その名を「藤原純友」。

          藤原純友は名門藤原北家の出身で、エリート中のエリートだった。でも、父を早くに亡くした純友は京での出世を諦めざるを得なかった(泣)

          そこで地方国司(受領)としての道を歩み始める。

          だが、そこで純友が見たものは、、、( ̄ロ ̄;)

          乱れ切った地方政治の現状。
          海には海賊がはびこり、貧しい農民達から財を奪っている。
          また、内地では地元富裕層の役人が厳しい取り立てを行っている有様。
          そんなところに赴任した純友は海賊退治、不正役人の取り締まりと自分の正義を貫く事に奔走する。

          蹴散らしても蹴散らしても出てくる海賊達。
          思えば彼らもまた、貧しい生活の果てになりふり構わず他人の財を奪いにくる者達だった。
          京での有様を知っていた純友の怒りは爆発する。

          「人間とは、なんと不平等な生き物だ!
          京では卑怯な手を使って贅沢三昧をする者がいる。
          その陰で不正を行って巨利を得ている者がいる。
          いつも酷い目に遭うのは力なき民なのだ!
          武器を持って海賊にでも何でもなる者はまだよい。
          海賊に怯え、役人の取り立てに怯えながら生きる者達は
          一体何を希望に生きていけばよいのか!」


          純友は任期が過ぎても京へは帰らなかった。

          それどころか、赴任した伊予国(愛媛県)を拠点に自らも海賊となったのだ!!

          「朝廷の貴族ども、これからの世の中は“力”の時代、貴様らの好きなようにはさせん!今こそ、民の苦しみを思い知れ!」

          939年藤原純友の乱



          関東で反乱を起こした平将門と時を同じくして瀬戸内海を中心に反乱を起こした藤原純友。
          朝廷の貴族達は突然の「武士」という集団の襲撃に、ただ、ただ、怯えるしかなかった。

          「ひぇぇぇぇ。こわいよぉぉ。誰か、あの者達を討つのじゃ。褒美はいくらでも取らすぞ!」

          こうして貴族は自分達のガードマンとして「武士」を雇い始める。

          政府のやり方に反乱して戦いを挑んだのも「武士」ならば、
          その者達を力でねじ伏せ、鎮圧していったのもまた「武士」だった。


          純友は瀬戸内海を中心に政府の施設を次々に破壊。
          京周辺への攻撃も行ったと伝えられる。

          狙い通り貴族達を震え上がらせたんだヾ(≧∇≦*)ゝ

          でも、そんな純友の乱も長くは続かなかった。
          本拠地としていた伊予国日振島が政府に見つかってしまうと、一気に総攻撃を受け、総崩れとなった。
          そして純友は捕えられ、獄中で死去。
          2年に渡る反乱は終わったのだった。

          将門と純友が世の中に与えた影響は計り知れなかった。
          彼らの蜂起がなければ、それに続く「武士」は現れず、貴族の退廃した世の中が続くだけだったかもしれない。
          平安以降、鎌倉、室町、安土桃山、江戸と、日本の歴史は650年もの間、武士が政権を取る事になる。

          その一番最初のきっかけを築いたのは、彼ら二人の熱い魂だったのかもしれない。


          | 歴史 | 17:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
          勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.93
          0
            JUGEMテーマ:学問・学校



            佐倉の地で勢力を築き始めた平将門。
            でも敵はおじさん達だけではなかった。

            源扶、源隆、源繁という、これまた天皇の血を引く源氏の3兄弟が将門を待ち伏せして戦いを仕掛けて来た( ̄ロ ̄;)

            「うぬぬ。乱れに乱れたこの世を生きるには、もはや戦う事の他道は無し!いくぞ!皆の者、付いて参れ!」

            鍛え上げられた将門の軍勢に源三兄弟の軍はみるみる崩れた。
            さらに将門はそのノリで
            「おじさんもヤッちゃう?(笑)」
            って、父上の領土を横取りした平国香を攻め破ってしまうのだったΨ( ̄∀ ̄)Ψ

            しかし、世は賄賂と家柄がモノを言う平安時代。
            生き残った源氏の源護は朝廷に将門を訴えてしまう(;゚д゚)

            そして将門に「朝廷に来い!」との呼び出しがかかる。
            「なぁに私は何も悪い事をしていない。行って私たちの正義を証明してくるよ」

            京に就いた将門は素直に検非違使庁(当時の裁判所)の取り調べを受け、源護の訴えも虚しく、微罪となって恩赦ですぐに関東に帰った。

            「くそっ!将門め。このままでは許さんぞ!」


            将門にはさらに敵がいた。
            平国香は破ったものの、将門の所領を狙う叔父さんは他にもいた!平良正、平良兼といった叔父さん連中も将門打倒に向けて動き始めたんだ(泣)

            周り一体、敵だらけ。
            朝廷に訴えても、家柄と金がある者だけが訴えを認められる。
            正義はどこにあるんだ?

            「正義は、、、我が心にある!

            将門は立ち上がった。
            向かってくる敵をすべて蹴散らし、自分と家臣達を命がけで守った。
            「向かって来るヤツはすべて蹴散らしてくれるわ!」

            戦いの日々、来る日も来る日も敵を殺し、味方を殺され。
            妻や子も奪われ、生きる為に戦うのか、戦う為に生きるのか、分からなくなってきた。

            そんな時、常陸国(茨城県)の長官、藤原維幾と将門は対立してしまう。
            「ワシの言う通りにすればお前を良い位に就けてやろう。大人しく言う事を聞くのじゃ!」

            「ううう。もう、うんざりだ!見せかけの地位や権力に振り回されて、この世の中は間違っている!だったら俺が新しい時代を、新しい世界を築いてやるぞ!」

            939年平将門の乱

            将門はついに朝廷に対して牙を剥いた。
            自ら「新皇」を宣言し、関東一帯を支配し始めたんだ。
            今までは関東の武士同士のいざこざ、と解決に積極的でなかった朝廷も、さすがに今回は鎮圧に兵を送る事となった。

            4000の兵を相手に、わずか400の将門の軍勢は大奮闘した。獅子奮迅の働きで将門は朝廷軍を撃破、勝ち名乗りをあげて帰路につく所だった、、、

            風向きが変わった、、、

            退却していた朝廷軍が再び合戦を仕掛けて来た!
            将門は先頭に立って指揮を執る。
            「何度来ても同じ事!蹴散らしてくれるわぁ!」

            そんな時だった。

            ヒューッ、、、ヅンっ!

            どこからともなく飛んで来た一本の矢が将門の額を貫いた。
            「将門様ぁ!!!」

            (俺もここまでか。人の世とは理不尽なものばかりだったなぁ。理不尽に生まれ、理不尽に生き、こうして理不尽に死んでいく。)

            将門の首は平安京に運ばれ、晒されることになった。
            しかし、その首は何ヶ月経っても朽ち果てず、夜な夜な
            「斬られた私の五体はどこにあるのか!ここに持って来い!首をつないでもう一戦しようぞ!」
            と叫んでいたと言う。

            さらに将門の首は京から遥か関東の地まで飛び立ち、今の東京千代田区大手町に落ちたと言う。



            自らの正義を信じ、戦いの末に正義を勝ち取ろうとした「武士」、平将門。彼は今もなお、東京の地で自らの正義を訴えつつ世の中を見守っている。
            | 歴史 | 15:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
            勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.92
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              JUGEMテーマ:学問・学校


              平安時代の平安京は貴族達の権力争いに明け暮れた。
              貴族達は次々に娘を皇室に嫁がせ、次の皇太子にさせようとした。だって皇太子になったら、そのおじいちゃん(外祖父)として莫大な権力を手に出来るからΨ( ̄∀ ̄)Ψ

              でも、みんながみんな皇太子になれるわけじゃない。

              皇太子になれなかったら、、、?

              桓武天皇がめっちゃたくさん妻を抱えていた話はしたよね。
              京の街には「桓武イズム」が広がり、後ろ盾を持たなかった桓武天皇は自らの遺伝子で勢力を固めた(笑)

              その曾孫に高望王という人がいた。
              「俺のひいおじいちゃんは桓武天皇なんだぞ!」
              「へぇ、すごいじゃん。で、タカモチ君も将来天皇になれるの?」
              「それは、、、」

              皇室も人数が増えると、血縁はあっても、皇位は望めず、身の振り方を考えなければならなかった。そう言う時代。

              「ウチの店は兄ちゃんが継ぐから、末っ子の俺は家を出ないといけないんだ」

              そんな状況と似ているね(泣)


              そんな高望王、関東に下って国司のガードマンを引き受ける。
              乱れまくった平安時代の地方では、農民が逃げて税を払わなかったり、武装して税の取り立てに抵抗する者がいたり、最悪だった( ̄ロ ̄;)

              「私も京の都で育ちました。同じ貴族のあなたを地元の悪いヤツらから守ります!」

              こうして高望王はその名を「平のタカモチ」と改め、武芸の家を築いた。

              桓武平氏の始まりだ!ヾ(≧∇≦*)ゝ



              それから数十年後。
              高望王の孫に平将門という男がいた。


              現在の佐倉市にある国立歴史博物館


              将門の父は千葉県佐倉に所領を持ち、将門は子どもの頃から京程ではないものの、恵まれた環境で育った。
              将門は優秀で、その後平安京に役人として採用されている。

              そんな将門が京で宮仕えをしている時、父が病に倒れなくなったとの知らせが入る。
              将門は急いで佐倉に戻る。父の跡を継ぐためだ。
              しかし将門はここで驚くべき事実を目にする。

              父の所領がおじさん達に取られまくっていた( ̄ロ ̄lll)

              「おじさん、これは一体どういう、、、?」

              「おう、将門、今戻ったか。なぁに、お前も京の生活が長くてこっちの事はわからんじゃろ?ここはおじさん達が治めてやっから。まぁ心配すんな。」

              「そんな、、、」

              平将門、関東の地でキツい洗礼を受ける。
              どうする将門?(>ω<)

              ※写真は現在の佐倉市にある国立歴史博物館
              | 歴史 | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
              勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.91
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                JUGEMテーマ:学問・学校
                勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.91
                都が貴族達の派閥争い、パワーゲームで忙しかった当時、誰も地方の民の事なんて考えていなかった。

                いや、中央の権力者達が自分の利益の為にしか動かないのであれば、地方の権力者達だって同様に弱い者を叩く、これは当然の事。

                奈良時代から平安時代に入ると、国司達の取り立てが厳しくなった。
                「税を出せぃ!もっともっと出せぃ!」

                「おやめください国司様。それを取られてしまうと私たちは何も食べるものが無くなってしまいます。それだけはご勘弁を!」

                「うるさいっ!(#`Д´)ノ悔しかったらもっと働いて米を作るのじゃ!」



                各地方の長官だった国司の中には
                ・任地に赴かないで代理(目代)を派遣する遥任国司
                ・賄賂を送って何度も国司に任ぜられる重任国司
                そんなヤツばっかだった(泣)

                そんな中、地元農民達に訴えられた国司がいる。
                尾張国国司、藤原元命( ̄ロ ̄;)

                藤原元命は尾張の国(今の愛知県)に国司として赴任して以来、農民達に酷い政治を行った。それを31か条にして農民達が朝廷に訴えたんだ!ヾ(≧∇≦*)ゝ

                その内容は、、、
                ・田んぼをチェックして正規の税を水増ししてもっと取る!
                ・何かに付けて手数料だからと税を取る!
                ・百姓から安値で絹を買い上げて、それを他国で高値で売りつけて大もうけしている!
                ・尾張を通過する役人や民のための食料を横取り!
                ・国内の施設の修繕費や工事に携わる人々に払う費用も横領!
                ・国衙(県庁)の役人に対する給与や食料なども横領!
                ・横領したものを京都の私邸に運ばせている!
                ・それらの不正は一切隠して、公文書には適正に支出したと記している!
                ・元命の子弟や一族に仕える郎党達による酷い行いが絶えない!
                ・元命の出勤は怠慢で全然国司としての仕事をしない!
                ・自分に都合の悪い公文書は公布しないで、不正を隠す!
                ・その他にも元命はあれやこれや、、、、、、

                ってとにかく文句の固まりをぶつけた文章が見つかっている。
                「尾張国郡司百姓等解文」と言う。

                たまたま見つかった書物が藤原元命だったから、めっちゃ元命は悪人(;゚д゚)になっているけど、多分この時代、こんな国司はそこら中にいた(泣)もっと酷い国司だってきっといたに違いない。

                それ位平安時代の世の中は乱れ切っていた。

                リーダーが私利私欲に走ると国は崩壊する。
                そのいい例がこの時代だと俺は思う。

                でね、それだけ世の中が乱れてくると人々はどうするか?

                「自分の命は自分で守れ!」って闘うんだ!ヾ(≧∇≦*)ゝ
                尾張国の人々は勇気を持って元命を訴えた。
                他の地方の人々も訴えたかもしれない。
                でも、中には自ら武器を取って、自分達の土地を守った人もいた。彼らはやがて、次の時代を切り開いて行く武士団に合流していく。

                いよいよ武士の時代が始まろうとしているんだ!
                (まだ始まらないけどね)
                | 歴史 | 15:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
                勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.90
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                  JUGEMテーマ:学問・学校

                  長きに渡って続いてきた藤原氏の嫌がらせ工作も安和の変で無事(?)終了した。ってか蹴落とすライバルがいなくなった(笑)

                  そんな藤原氏の頂点に立った男がいる。

                  その男は、、、藤原道長ヾ(≧∇≦*)ゝ



                  紫式部の「源氏物語」の主人公、光源氏のモデルとも言われ、
                  一条天皇、三条天皇、後一条天皇の三代に渡って娘を嫁がせた、文字通り「最強」の藤原氏なのだ!!

                  まさに摂関政治ここに極まれリ!
                  藤原道長はこんな歌を詠んでいる。

                  「この世をば 我が世とぞおもふ 望月の 欠けたる事もなしとおもへば」

                  まさに俺様の天下はイッツも満月じゃ!欠ける事?全然ないねー!ヾ(≧∇≦*)ゝ

                  って調子の乗りよう、、、( ̄ロ ̄;)


                  藤原氏の基盤を固めた道長はすぐに息子頼通に摂政の職を譲り、藤原家での摂関独裁を図る。
                  でも誰もその勢いを止められない!

                  こうして御堂関白と呼ばれた藤原道長政権が一世を風靡していくのだった。

                  ここで根本的な事をおさらいしよう!
                  摂政:天皇が女性や子どもの時に「代理」で政治を行う者
                  関白:天皇が成人後、政治の「補佐」を行う者

                  この役職には主に天皇のおじいちゃん(外祖父)がなった。
                  「ねぇおじいちゃん、こういう時はどうしたらいいの?」

                  「おうおう。カワイイ孫じゃ。どれおじいちゃんが命令を出しておいてあげよう。おじいちゃんに任せておけば安心じゃよ」

                  そんな関係で政治が動く。

                  だから藤原氏はどんどん娘を天皇に嫁がせていったのだ!!
                  その極みが道長の3人を嫁がせる「一家立三后」だった!

                  でも、その終わりは意外にあっけなく、次の頼通の時に訪れるのであった。
                  なぜ栄華を極めた摂関政治が終わってしまうのか?
                  つづく!
                  | 歴史 | 03:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
                  勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.88
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                    JUGEMテーマ:学問・学校
                    勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.88
                    受験シーズン真っ盛り!

                    勉強して年を越す受験生達。初詣には太宰府、湯島天神に行ってお守りを買って試験に備える。

                    でも、なんで太宰府や湯島天神が「学問の神様」なのか知ってる?ヽ( ̄д ̄;)ノ

                    天神様、とは菅原道真の事。
                    今回はそんな菅原道真のお話だよ!

                    菅原道真は幼少の頃より漢詩文に才能を発揮し、18歳で文章道(中国の歴史や漢文を扱う)の道へ進む。

                    大学寮と言う当時の大学で才能を爆発させた道真は数百人の学生の中からたったの2人しか選ばれない文章得業生に選ばれたりしているヾ(≧∇≦*)ゝ

                    その後も役人の採用試験であまりにも出来すぎる成績を取ってしまい、「それじゃあ”貴族”になってしまう!」(貴族は5位以上の人、家柄が重視された)と慌てて位を落とされたり、とにかく抜群に成績が良かった。

                    そんな道真だから、阿衡の紛議に際しては時の権力者藤原基経に手紙を送って怒りを鎮めさせるなど、「文筆」を駆使した活躍は政府でも評判となっていったヾ(≧∇≦*)ゝ


                    でも、、、


                    目立っちゃうと、ひがんじゃう人達がいるんだよね( ̄ロ ̄lll)


                    さぁ登場してもらいましょう!
                    今回の藤原氏は、、、、

                    藤原時平さんですヾ(≧∇≦*)ゝ

                    「どもども、時平です。まぁね、菅原道真さんは優秀な方なんですごい頭いいんですよ。でも、頭いいヤツって、、、ムカつきません?まぁ家柄は僕の方が上なんで。」

                    早くもヤな奴っぷりを発揮しているぞぉ!ヾ(≧∇≦*)ゝ

                    でも、阿衡の紛議を収めた事で宇多天皇の道真への信頼は篤いものとなり、ついに天皇の秘書官、蔵人頭にまで上り詰める!!
                    (この職は薬子の変で藤原冬嗣が就任して藤原勢力を爆発させたものだ!)

                    こうして宇多天皇、菅原道真コンビは藤原勢力を牽制しながらどんどん独自の路線を歩んでいく!

                    「ぐぬぬ。ボクちんを、藤原家を馬鹿にしてぇ!許さないぞぉ!」

                    と、藤原時平は宇多天皇治世での挽回を諦め、次の天皇の画策に動いた。

                    そして897年宇多天皇は次の醍醐天皇に位を譲り、自らは上皇(社長が引退して会長になるようなもの)に就任。
                    帝を引き下がっても、陰の実力者として影響力を持とうとした。

                    「醍醐天皇や、菅原道真を重く用いるのじゃぞ!」

                    でも、そんな宇多天皇の願いも虚しく、藤原時平の「嫌がらせ作戦」が終に発動する!

                    「藤原ビーィィィィィィム!!!」

                    (ここだけの話なんですけど、菅原道真さんってちょっと調子に乗ってません?なんか「俺以外みんな馬鹿だし」とか言ってるらしいですよ。あ、ここだけの話で。)

                    (なんか、菅原道真は財政を見直して、今までの家柄よりも能力制にしていこうとしてるらしいんです。まぁ自分が能力あるからなんでしょうけど。そしたら僕らヤバくないっすか?)

                    藤原ビームの効果抜群!
                    次々に貴族達を取り込んでいく( ̄ロ ̄;)

                    そして極めつけはこの噂。
                    「醍醐天皇、何やら菅原道真が怪しい動きをしていまして。先の帝、宇多上皇と相談して、次の天皇には道真の娘婿の親王を立てようとしているんですって。醍醐天皇の地位を脅かす大事件でですぞ!」

                    そして醍醐天皇、菅原道真に突然の左遷を命じる!!(;゚д゚)
                    「菅原道真、そなたを九州太宰府の長官に任命する!」

                    え?太宰府?
                    何かの間違いでしょ?
                    ええええええええええ!

                    失意と絶望のどん底に落とされた菅原道真。
                    「何で俺が、九州に左遷させられるんだ!
                    こうなったら、、、倍返しだ!!!(#`Д´)ノ(とは言っていません)」

                    901年昌泰の変

                    こうして不意に太宰府に飛ばされた菅原道真。
                    無念のうちに九州で生涯を終えるのだった(泣)

                    ところが道真の「倍返し」は生きていた!!



                    藤原時平は8年後に38歳の若さで死亡。
                    醍醐天皇も病気がちで政治の表舞台から退く。
                    道真の監視を命じられた藤原清貫は、何と平安京内で落雷に当って死んでしまうヽ(゚Д゚)ノヒィィィィ!!!

                    これを菅原道真の祟りと考えた朝廷は、道真の霊を慰めるために天満宮を造った。それが菅原道真を神と祀る太宰府天満宮、湯島天神なんだ。

                    今年は、そんな道真の思いを感じながら初詣をしてみては?
                    怒らせると恐いので、ちゃんと勉強してからね(笑)
                    | 歴史 | 17:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
                    ​勉強嫌いの君が勉強好きになるかもしれない日本の歴史vol.85
                    0
                      JUGEMテーマ:学問・学校

                      君はライバルがいたらどうする?
                      A.切磋琢磨して実力で追い越す!
                      B.勝ち目が無いと思うから勝負しないで逃げる
                      C.相手を陥れて敵をなくす

                      さぁどれだ?ヾ(≧∇≦*)ゝ

                      って普通にA.でしょ。
                      いやいや、迷うこと無くC.を選んだ人達がいるんだ( ̄ロ ̄;)

                      平安時代は貴族達が華やかに暮らしていた時代、、、そう思ってるでしょ?
                      一見華やかに見える貴族社会の裏にはドロドロとして足の引っ張り合いが見え隠れしているんだ(;゚д゚)
                      今回はそんなトンデモナイ事件の数々を紹介しよう!

                      842年承和の変
                      先の薬子の変で急激に台頭してきた藤原北家。天皇直属の秘書官、蔵人頭の初代藤原冬嗣の子、藤原良房。
                      良房は妹を仁明天皇に嫁がせ、天皇家と強いパイプを持っていた。



                      当時は天皇は兄弟で順番に継承するのが普通。
                      平城(長男)→ 嵯峨(次男)→ 淳和(三男)→ 仁明(次男の子)→ ???
                      と繋いできたバトンは当然三男淳和天皇の子が継ぐものと思われ、実際に皇太子に就いていた。

                      でも、良房は何とかして妹の子を次の天皇にさせたい。
                      「先生!ちょっと!(#`Д´)ノ 何でウチの甥っ子が天皇になれないですか!」

                      まさに“モンスターアンクル”状態( ̄ロ ̄;)
                      この良房のあまりの剣幕に実際の皇太子は危険を感じていた。((((;゚Д゚)))))))
                      そこで皇太子にお付きの伴健岑(ともの、こわみね)と橘逸勢(たちばなの、はやなり)は皇太子を東国に一時非難させようと考えその準備をしていた。

                      その情報をキャッチした良房。天皇にこうチクル┗(・ω・;)┛

                      「帝、伴健岑と橘逸勢が皇太子を東国へ拉致しようとしています!!!危ないデスゾ!!!!」

                      「何っ!それはイカン。逮捕じゃ!!」

                      伴健岑と橘逸勢、逮捕(泣)
                      まんまと良房の策謀にはまってしまったのだった(泣)

                      そして最初は無関係とされた皇太子も責任を取って皇太子を辞退( ̄ロ ̄;)
                      こうして良房の念願かなって、甥っ子の文徳天皇が皇位に就きましたとさ。めでたしめでたし、、、って全然めでたくない!!

                      良房は858年天皇が女性、子どもの時の代理を務める摂政に就任、後に人臣として初の太政大臣にまで出世する( ̄ロ ̄lll)

                      何とこの事件では35人もの逮捕者を出した。
                      ぜーんぶ良房の「ライバル」だよ。
                      邪魔なヤツは罪を着せて追い出す!
                      さぁ藤原北家のネチッこい政治が始まるよ♫


                      | 歴史 | 04:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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